「逸失利益の定期払いが認められた最高裁判決」について 弁護士 江幡 賢
1 令和2年7月9日最高裁判決
令和2年7月9日、最高裁判所(第1小法廷)は、交通事故の被害者が、加害者に対し、後遺障害による逸失利益の支払いを求める場合、例えば「毎月〇万円」などといった定期的な支払いを求めることができるという判断を示しました。
今回の弁護士コラムは、この最高裁判決の内容を簡単にご紹介します。
2 後遺障害逸失利益とは
交通事故で被害者が後遺障害を負った場合や、死亡した場合、被害者はそれまでと同じように収入を得ることができなくなります。このように、交通事故によって被害者に後遺障害が残ったり、死亡した場合などに、交通事故がなければ被害者が本来得られたはずの利益を「逸失利益」といいます。
逸失利益は、交通事故の被害者が、加害者に対して支払いを求めることができるものですが、その支払い方法については、実務上、一括で支払われることとなっていました。
上記判決では、逸失利益の支払いを、一括払いのみならず、「毎月〇万円」などといった定期的な分割払いでの支払いを求めることができるという判断をしました。
3 事案の概要
本件の事案の概要は、以下のとおりです。
原告の男性は、4歳の時に大型トラックに轢かれるという交通事故に遭い、重い脳障害が残りました。そこで、原告の男性は、裁判で、加害者側に対して、後遺障害逸失利益として月額約45万円を約50年間にわたって支払うように求めました。
地方裁判所、高等裁判所では、後遺障害逸失利益について、加害者側に毎月約35万円を約50年間にわたって支払う義務を認めましたが、加害者側は、後遺障害逸失利益について定期払いを認めた判決を争い、最高裁判所に上告しました。
4 一括払いと定期払いのメリット・デメリット
逸失利益の一括払いの場合は、まとまった金額を早期に受領できることがメリットと考えられていますが、他方、逸失利益を受領した後に後遺障害が重くなっても増額を求めることができないことや、将来受け取るはずの賠償を早期に受領するために利息が控除されて金額が大幅に少なくなるというデメリットがあります。
それに対して、逸失利益が「毎月〇万円」などの定期払いで支払われる場合には、被害者の後遺障害が重くなった場合等には、支払いの増額を要求することができる可能性があることや、利息の控除をうけないため、受領できる総額が大きくなるというメリットがあります。
また、定期払いのデメリットとして、定期払いの期間中に被害者が死亡した場合、死亡後の逸失利益を受け取ることができない可能性があると指摘されていましたが、上記判決は、定期払いを受領している期間中に被害者が死亡した場合にも、死亡時に支払い義務が消滅するのではなく、本来の支払い時期が終わるまでは支払い義務が続くとの判断を示しました。
5 上記判決の意味
上記判決による判断が示されたことにより、交通事故によって重篤な後遺障害が残存した被害者にとって、賠償請求の選択肢が増えたということになります。
そのため、今後は、重篤な後遺障害が残存したことによって、長期間にわたる逸失利益の支払を請求する場合に、一括払いを求めるか、定期払を求めるかを検討した上で、損害賠償を請求することになります。
もっとも、具体的にどのような場合に定期払いの請求が認められるかという要件については、上記判決は明言していませんので、今後の裁判例の動向を注意深く見ていく必要があるものと思われます。
投稿者プロフィール
- 昭和56年新潟県燕市生まれ。平成14年新潟大学工学部化学システム工学科へ入学。卒業後、平成18年東北大学法科大学院入学する。司法試験に合格後は最高裁判所司法研修所へ入所し弁護士登録後、当事務所へ入所する。交通事故被害者が適切な賠償額を得られるよう日々、尽力している。
最新の投稿
- お客様の声2024.11.112024年10月16日 お客様の声
- 解決事例2024.10.17【解決事例】頚椎捻挫等 当初の保険会社側の提示額から約50万円増額して示談した事例
- 解決事例2024.10.07【解決事例】頚椎捻挫等 休業損害、慰謝料共に裁判基準に近い金額で示談した事例
- 解決事例2024.09.30【解決事例】頚椎捻挫等 弁護士の介入により賠償額が2.5倍になった事例
江畑 博之
最新記事 by 江畑 博之 (全て見る)
- 2024年10月16日 お客様の声 - 2024年11月11日
- 【解決事例】頚椎捻挫等 当初の保険会社側の提示額から約50万円増額して示談した事例 - 2024年10月17日
- 【解決事例】頚椎捻挫等 休業損害、慰謝料共に裁判基準に近い金額で示談した事例 - 2024年10月7日
弁護士コラムの最新記事
- 車両の時価額と車両保険について
- 雪道の交通事故における過失割合① 弁護士 江畑 博之
- 令和2年(2020年)の交通事故状況について 弁護士 江畑 博之
- 自転車違反行為の増加 弁護士 江幡 賢
- 【令和元年版】新潟県で交通事故が多い交差点ランキング 弁護士 五十嵐 勇
- 「オレンジカード」とは? 弁護士 江幡 賢
- 高速道路一部の制限速度引き上げについて 弁護士 江幡 賢
- 事故危険区間とは 弁護士 江幡 賢
- 加害者が任意保険に入っていない場合にはどうすればよいのか 弁護士 五十嵐
- 民法改正による交通事故の損害賠償請求への影響 弁護士 江畑 博之
- あおり運転の摘発について 弁護士 江幡 賢
- あおり運転厳罰化へ 弁護士 江畑 博之
- 「横断歩行者妨害の対策強化」について 弁護士 江幡 賢
- ながら運転の厳罰化 弁護士 江畑 博之
- あおり運転で問われる罪と対策 弁護士 江畑 博之
- 運転免許自主返納について 弁護士 江幡 賢
- 平成30年新潟県交通事故発生状況 弁護士 江畑 博之
- 危険運転致死罪に関する判決について 弁護士 五十嵐 勇
- 【平成29年版】新潟県で交通事故が多い交差点ランキング 弁護士 五十嵐 勇
- 飲酒運転でひき逃げをした場合の法的責任 弁護士 五十嵐
- 裁判所のIT化・その3 弁護士 江幡 賢
- 裁判所のIT化・その2 弁護士 江幡 賢
- 制限速度の引き上げと速度超過の取り締まり 弁護士 江幡 賢
- 裁判所のIT化 弁護士 江幡 賢
- 出張相談のご案内 弁護士 小林 塁
- 【3回目】BSNラジオにでました! 弁護士 五十嵐 勇
- 加重障害について 弁護士 五十嵐 勇
- 海の家「王将茶屋」 弁護士 小林 塁
- 新潟県の死亡事故の特徴と,事故防止のポイントについて 弁護士 江幡 賢
- BSNラジオに出ました! 弁護士 五十嵐 勇
- 【平成27年度】平日昼間に交通量の多い一般道路ランキング(五十嵐)
- 平成28年度 新潟県の交通事故発生状況について 弁護士 江幡 賢
- 後遺障害を負った被害者が交通事故とは別の原因により死亡した場合の影響
- New York!② 弁護士 五十嵐 勇
- NewYork!① 弁護士 五十嵐 勇
- 保険代理店様向けコンプライアンスセミナーを開催しました 弁護士 江幡 賢
- 【3年連続3回目】消防学校で講師を担当しました!
- 雪!(五十嵐)
- 【平成27年版】新潟県で交通事故の多い交差点ランキング(五十嵐)
- 9月10日 交通事故相談会を開催します!(弁護士 五十嵐)
- 足が攣らないために (弁護士 五十嵐)
- 潟東中学校へ行ってきました! 弁護士 五十嵐 勇
- 素因減額の話 弁護士 五十嵐 勇
- 保険代理店様向けセミナーを開催しました! 弁護士 五十嵐 勇
- 体脂肪率を気にする 弁護士 五十嵐勇
- 今週末お花見に行くなら 弁護士 小林 塁
- 傷害慰謝料基準(別表Ⅱ)の改訂について 弁護士 五十嵐 勇
- 死亡慰謝料算定基準の改訂について 弁護士 五十嵐勇
- カレーをスパイスから③
- 警察への事故の届出について 弁護士 江畑博之
- 【2年連続】新潟県消防学校で講師を担当しました! 弁護士 五十嵐 勇
- カレーをスパイスから②
- 本年も宜しくお願い申し上げます
- 腰椎椎間板ヘルニア入院手術しました(3)~激動のリハビリ~ スタッフ 小布山理央
- 裁判になっていないので赤本基準の8割? 弁護士 小林 塁
- 赤本基準? 弁護士 小林 塁
- カレーをスパイスから① 弁護士 小林 塁
- 今年を振り返って 弁護士 小林 塁
- 交通事故無料相談会(12月19日)を開催しました! 弁護士 五十嵐勇
- 交通事故無料相談会(11月14日)を開催しました!
- 交通事故はどの時間帯に発生しやすいのか?
- 新潟市立葛塚小学校へ行ってきました
- 【10月3日】保険代理店様を対象とした交通事故勉強会を開催いたしました。
- 【9月11日】保険代理店様を対象とした交通事故勉強会を開催いたしました。
- 【平成26年版】新潟県で交通事故の多い交差点ランキング 弁護士 五十嵐 勇
- 交通事故無料相談会(9月5日)を開催しました! 弁護士 五十嵐 勇
- 新潟県内の交通事故の傾向 弁護士 江幡 賢
- 交通事故無料相談会(8月1日)を開催しました! 弁護士 五十嵐 勇
- 裁判をした場合にかかる期間 弁護士 五十嵐 勇
- 自転車に乗る場合も交通ルールを守りましょう!
- 日本サッカー協会4級審判員の資格を取得しました! 弁護士 五十嵐 勇
- 自動車の色と事故率 弁護士 江畑博之
- 保険代理店様向け勉強会を開催しました 弁護士 五十嵐 勇
- 自転車事故への備え 弁護士 江畑博之
- 新潟県で交通事故の多い交差点ランキング 弁護士 五十嵐 勇
- 高次脳機能障害についての研修に参加しました 弁護士 小林 塁
- 接骨院・整骨院様向け交通事故勉強会を開催しました 弁護士 江幡 賢
- 新潟日報のコラムを執筆しました! 弁護士 五十嵐 勇
- 腰椎椎間板ヘルニア入院手術しました(2) スタッフ 小布山 理央
- 腰椎椎間板ヘルニア入院手術しました(1) スタッフ 小布山 理央
- 適切な後遺障害等級獲得のために 弁護士 小林 塁
- 交通事故被害者救済に取り組む想い
- 交通事故の後遺障害等をテーマにした研究会に参加してきました。
- 7日14日の日曜日に交通事故相談会を開催しました。
- 4月14日に新潟交通事故相談会を開催しました。
- 新潟交通事故相談会を開催致します!