車両の時価額と車両保険について
車両の「時価額」とは
被害者は、事故によって損傷した車両の「時価額」を請求することができます。
この「時価額」とはどういう価格をいうのでしょうか。
最高裁昭和49年4月15日判決(最高裁判所民事判例集28巻3号385頁)は、以下のとおり判断をしています。
「交通事故により自動車が損傷を被つた場合において、被害車輛の所有者が、これを売却し、事故当時におけるその価格と売却代金との差額を事故と相当因果関係のある損害として加害者に対し請求しうるのは、被害車輛が事故によつて、物理的又は経済的に修理不能と認められる状態になつたときのほか、被害車輛の所有者においてその買替えをすることが社会通念上相当と認められるときをも含むものと解すべきであるが、被害車輛を買替えたことを社会通念上相当と認めうるがためには、フレーム等車体の本質的構造部分に重大な損傷の生じたことが客観的に認められることを要するものというべきである。
また、いわゆる中古車が損傷を受けた場合、当該自動車の事故当時における取引価格は、原則として、これと同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得しうるに要する価額によつて定めるべきであり、右価格を課税又は企業会計上の減価償却の方法である定率法又は定額法によつて定めることは、加害者及び被害者がこれによることに異議がない等の特段の事情のないかぎり、許されないものというべきである。」
「レッドブック」などを参考にする
この「中古車市場において取得しうるに要する価額」を知るための資料として、実務上は通称「レッドブック」という資料をもとに算定することが一般的です。この「レッドブック」というのは、オートガイド社が発行している「自動車価格月報」のことをいいます。
このレッドブックは裁判所が発行している書籍ではありませんが、裁判所もかなりレッドブックに重きを置いて判断をする傾向にあります。
しかしながら、レッドブックに掲載された金額は、実際に中古車を購入する金額を低く掲載されていることが多くあります。そのため、被害者が、相手保険会社から提示される車両損害額について不満をもたれることがあります。
インターネットの中古車市場の金額は?
今では、インターネットで中古車掲載サイトが複数ありますから、簡単に中古車の相場を調べることができます。
しかし、裁判所は、中古車市場の資料のみで車両の時価額を判断することはありません。理由はいくつか考えられますが、インターネットの中古車市場は流動的であること、販売業者の都合や利益等が含まれていること等から、直ちに車両の時価額と認定できないことにあると思われます(もっとも、車両の時価額が争いになった場合の重要な資料とはなりえます)。
車両保険の利用
車両保険は、自分の車両にかける保険のことです。補償範囲は保険会社や契約内容により異なりますが、当て逃げ、盗難、火災・地震、いたずら、電柱やガードレールへの衝突など様々な場面に対応することができます。
相手保険会社が支払う分と買い替えのために必要な差額について、ご自身で加入されている車両保険を使用することで、この差額分をカバーすることができます。
ご自身の加入されている保険証券などをご確認ください。
増額した保険料を加害者に負担させることはできるのか?
ご自身が加入されている車両保険を使用する場合、保険料が増額する場合があります。この増額した保険料を、加害者に請求することはできないのでしょうか。
結論としては、増額した保険料を加害者に負担させることはできません。
たしかに、交通事故がなければ、ご自身で加入されている車両保険を使用することはなかったわけですから、増額した分の保険料を加害者に請求したいというお気持ちは理解できます。
しかし、裁判例はこのような考え方を採用しておりません。
東京地判平成27年9月29日(交通事故民事裁判例集48巻5号1195頁)は以下のように述べて、増額した保険料分の請求を退けました。
「交通事故により損傷した車両の修理や買替えをする場合、修理費用や買替費用につき、被害者は、〈1〉保険契約を利用するか、〈2〉保険契約を利用せずに、加害者から支払われる損害賠償金で賄うか、〈3〉加害者から損害賠償金が支払われるのを待つことなく、当面は自己負担により対応するかを自由に選択することができ、〈1〉を選択して年間保険料が増額されることとなるか、〈2〉や〈3〉を選択して年間保険料が増額されないこととなるかは、専ら被害者の意思に委ねられていることからすると、被害者が〈1〉を選択した場合の年間保険料の増額分を加害者に負担させることが、損害の公平な分担の見地から相当であるとはいい難い。
そもそも、保険契約は、交通事故等により保険契約者側が被った損害の填補又は保険契約者側が他者に与えた損害の賠償のための自衛手段として締結するものであり、保険料は自衛のためのコストとして保険契約者自身が負担すべきものであるから、年間保険料が増額されるリスクについても保険契約者自身が負担するのが相当である。
以上によれば、年間保険料の増額分は、本件事故と相当因果関係のある損害とはいえないというべきである。」
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五十嵐 勇
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