「全損」の場合に請求できる金額について
「全損」とは
全損には、「物理的全損」と「経済的全損」という2種類があります。
「物理的全損」とは自動車の基幹部分が損傷して、修理が不能な程度になった状態をいいます。
交通事故実務でよく問題になるのは、実は「経済的全損」の方です。
これは、修理は可能ではあるものの、車の時価額より修理費用の方が高くなる状態をいいます。例えば、時価額が100万円である一方で、修理費用が150万円かかるとします。この場合、加害者に対して請求できるのは、時価額である100万円です。
なぜ修理費用全額が補償されないのか?
損害賠償請求の法律的な根拠は「不法行為」という制度です。この規定によって、加害者は事故前の状態に戻さなければなりません。これを損害賠償というお金を支払うことで解決しなければならないわけですが、この事故前の状態と言うのは、事故前に被害者が持っていた財産的価値を払いましょうということになります。これが、車でいうと時価額なのです。
もし時価額以上の損害賠償を認めてしまうと、事故という偶然発生した出来事によって、持っている財産以上の金銭の取得を認めてしまうということになります。
例えば、100万円の財産を持っている人が、たまたま事故の被害にあったら加害者から150万円を受け取ることができるというのは、たしかにおかしな話ですよね。
このような法律の仕組みから、損害賠償額の限度は車の時価額となるのです。
時価額について
では、この時価額をどのように算定するのでしょうか?
基本的には、事故前の車両価格(同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得しうるに要する価格)をいいます。時価額の算定方法についてはこちらを参照してください。
ここで注意点が2つあります。
まず、経済的全損か否かを判断するにあたって修理費と比較するのは、時価額だけでなく、買い替え諸費用等を含めた全損害額です(東京地判平成15年8月4日交民集36巻4号1028頁など)。
2つ目は事故車で修理ができないとしても、それをスクラップとして売却することはできますので、損害賠償の二重取りを回避するため、スクラップ代金分を控除しなければならないことです(最判昭和49年4月15日など)。
被害車両の時価額等を超える修理費の請求はできるのか?
それでは、経済的全損の場合に、車両の時価額を超える修理費を請求する余地はないのでしょうか?
判例の考え方は、「特別の事情が無い限り、時価額を超える修理費用を請求することはできない」というものですが、「特別な事情」があれば、例外的に修理費用を請求できるケースがありえます。
大阪高判平成9年6月6日交民集30巻3号659頁は、この「特別の事情」について、
① 被害車両と同種同等の自動車を中古車市場において取得することが至難であること
あるいは
② 被害車両の所有者が、被害車両の代物を取得するに足る価格相当額を超える高額の修理費を投じても被害車両を修理し、これを引き続き使用したいと希望することを社会観念上是認するに足る相当の事由が存すること
の2つを例に挙げています。
入手困難なクラシックカーや有名な映画で実際に使用された車両などがここに含まれるものと考えられます。
注意しなければならないのは、車両の所有者の、「自動車に対する愛着」といった事情は、「個人的、主観的事情」であるから特別の事情には含まれないとされているところです。付言すると、いくら車に愛着があっても、車が損傷を受けたことについて慰謝料請求が認められることは原則としてありません。
まとめ
以上のことから、車両の時価額を超える修理費を請求できる場合は極めてレアケースと言えます。
それでは、修理してでも車に乗り続けたい人はどうすればいいのかというと、これは「対物全損時修理差額費用特約」などの保険の特約に入るしかありません。
作成 2020年12月14日
江畑 博之
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